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第1章企業を中心に社会・国民生活が営まれていることを、私たちは当たり前のことと受け止めている。しかし、そういう状態になったのは、先進国でも20世紀以降のことである。現存する世界最古の企業である金剛組(日本の建設会社)が578年に創業したように、大昔から企業は存在した。ただ、昔は企業数も少なく、活動する分野や提供する製品・サービスが限られていたので、社会・国民生活への影響は限定的だった。そういう状態が大きく変わったのは、20世紀初頭のことで、企業が大きく発展し、社会にいろいろな変化が生まれた頃である。中でも注目したいのは、大規模な製造業や流通業が発達し、工業製品が普及した。自給自足的に農耕や狩猟をするのと違って、企業が工業製品を大量に生産し、広く流通させるには、経営資源が必要で、よく「ヒト・モノ・カネ」といわれるように、高度な知識・技能を持った従業員(ヒト)、大型の設備や店舗(モノ)、ヒトやモノを調達するための巨額の資本(カネ)が必要である。20世紀初頭の欧米では、自動車など製造業やスーパーマーケットなどの小売業で、大量・高度なヒト・モノ・カネを集めて事業展開する企業が次々と誕生した。企業が製品・サービスを製造・販売して利益を獲得すると、それを元手にさらに事業を広げる(いわゆる拡大再生産である)。事業が拡大すると、より多くの経営資源が企業に集まり、より高度な製品・サービスが提供されることにより、社会が発展した。20世紀に急速に企業が発展し、企業中心の社会になったのは、企業の事業活動によって経営資源が有効活用され、社会・国民により大きな価値がもたらされることを、人々が認識したからである。製品・サービスを提供するには、永続的に活動することが必須だというわけではない。例えば、金剛組が生まれる以前、寺社を建築する際には、設計・大工・左官といった職種の専門家を各地から集めて、有期のプロジェクトで活動し、業務が完了したらまた専門家は各地に戻る、ということをしていたはずである。一方そうしたプロジェクト型の事業体と違って、企業は将来にわたって無期限に存在すると想定されている。これを企業会計の分野では、ゴーイング・コ(2)企業中心の社会になった背景(3)ゴーイング・コンサーンとしての企業15
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